僕、池谷隆二(25)会社員、独身。生まれてこの方女の人と付き合ったこともデートしたこともない、いわゆるモテナイ君なのである。
 そんなある日、幸運は舞い降りてきた。僕の所属しているサークル「鉄道倶楽部」のメンバーから、合コンの誘いがあったのである。女の人と話すことが苦手な僕は断ったのだが、
 「みんな旅行好きな子ばかりなんだ。電車での旅行もするらしいから、話も合うと思うぞ!!」
 と、半ば強引に連れて行かれた。

 合コン当日、旅行の話題から得意の電車の話題となり、話も弾んできた。その時、隣にいた女の子が話しかけてきた。
 「池谷さんでしたよね?私、東北のほうに旅行したいんですけど、日帰りでも行けちゃいます?」
 「あ・・・行けますよ。例えば、東京6時52分発の秋田新幹線こまち1号に乗れば、秋田には10時50分に着きます。帰りは秋田18時25分発こまち28号に乗れば、東京には22時32分に帰ってこれますよ。」
 「さすが詳しいですね。へー、行けちゃうんだぁ。あの、私新幹線あまり詳しくなくて、良かったらでいいんですけど、今度一緒にいきません?」
 「え、あ、いいですよ。」
かくして生まれて初めてのデートが成立したのである。

 

 デートの前日、綿密なデートプランを練った。
 「まず東京駅に集合。新幹線ホーム23番線で乗車。乗る電車を間違えたら元も子もない。」
 何度も時刻表と電車のチケットを確認した。
 「そうだ!乗る電車はどんなタイプのやつかチェックしておこう!」

 早速電車大図鑑で調べた。
 「なるほど、”秋田新幹線こまち”はこんな形をしてるのか!よく目に焼き付けておこう。それから、秋田新幹線は在来線の線路の幅を新幹線用に直して作られた“ミニ新幹線”で、E3系は新幹線・在来線直通運転に対応した構造となっている・・・か。E3系というのか!覚えておこう。」
 「E3系「こまち」は、東京〜盛岡間では「やまびこ」と連結して走り、E2系との併結では最高速度は時速275キロにもなり、JR東日本の新幹線としては最も速いスピードだ。一方、盛岡〜秋田間では在来線を利用しているため、急なカーブや坂が多い。また、信号装置も新幹線とは異なる。「こまち」は、ここを最高時速130キロで走る・・・と。そんなスピードが速いのか!覚えておこう。」

 この知識をあの子の前で披露して、いいところを見せてやろう!と、何度も「こまち」の性能や特徴を頭に叩き込んだ。

 

 そして、待ちに待ったデート当日。早めに待ち合わせ場所である東京駅銀の鈴広場に到着。約束の時間までまだ1時間もある。
 (約束の30分前に着いておく。彼女が早めに来ても待たせることのないように。これがデートの鉄則。)
 前日に熟読した「初めてのデートの心得」の一文を復唱する。
 緊張しながら待つこと1時間、約束の5分前に彼女がやってきた。
 「おはよーございますっ!早いですねえ。待ちました?」
 「いや、僕も今さっき来たばかりなんです。」
 (早めに来ていても、ついさっき来たことにしろ。待ったことを悟られるな。これがデートの鉄則。)
 頭の中で心得を復唱。
 「じゃ、ホームに行きましょう。こまち1号秋田行きはもう入線しているはずです。」

 

 東京駅の新幹線ホームはややこしい。特に東北方面行き新幹線は、東北・秋田・山形・上越・長野の各新幹線が混在している。
 (えーっと、僕たちの乗る電車は何番線だっけ?・・・あれ?昨日予習した紙がない!忘れてきた!あの紙に乗る電車やデートコースが書いてあったのに・・・どうしよう・・・うる覚えだが多分ここだろう。)
 適当なホームへと上がった。

 

 そのホームには、見たことのない電車があったが、よく見ると「こまち」と同じE3系車両だ。しかし、色が全く違う。塗装を塗り替えたのかな?僕の電車大図鑑も古いし・・・それにしても、窓がやけに少ないなあ。それに、East i?って何だ?
 『間もなく電車が発車します。ご注意ください。』
 「もう出発するって!この電車なんでしょ?早く乗りましょう!」
 アナウンスと彼女にせかされ、とにかく目の前の電車に乗り込んだ。

 

 さて、僕たちの指定席は・・・何だこりゃ??座席がない・・・どうなっているんだ?
 なにやら計器のようなものが並んでいる。まるでどこかの研究室のようだ。普通の電車の座席らしきものはどこにも見当たらない。ここが電車の中であることさえ疑ってしまうような雰囲気。ただ、線路を走るカタンカタンという音とかすかな揺れで電車が走っているということが分かる。
 「ねえ、私たちの席はどこ?”こまち”ってこんなオフィスみたいな電車なの?」
 「いやー変わったねえ。昔はこんなんじゃなかったんだけどな・・・」
 ここはどこなんだ?この電車は何なんだ?どこに向かっているんだあ〜!!?

 

 さて、パニックになっている池谷君に代わって説明しよう!
 この電車、通常一般の人はのることはありません。この電車の正式名称は、「E926形新幹線電気・軌道総合試験車」と言います。通称イースト・アイ。みなさんが乗る新幹線がいつも安全に快適に走れるように、線路や架線を走りながら検査する電車なのです。

 東北・上越新幹線が開業して以来、E925形試験車(通称ドクターイエロー)が活躍してきました。しかし、この車両も登場から20年が経過し、以下の理由で新造されることになったのだ。
@検測技術が発達した。
A営業列車の最高速度275キロと同じ速度での検測が必要となった。
Bダイヤ設定や検測の時間短縮
C東北新幹線盛岡-八戸間の新型ATC(自動列車制御システム)への対応
D新幹線-在来線の直通(秋田、山形新幹線)

 愛称名は、次世代の総合検測車にふさわしい名称を検討し、「East i(イースト・アイ)」とした。”East”はJR東日本の”東”、”i”は「intelligent;知能の高い」「integrated;統合された」「inspection;検査」という意味を持たせている。

 新幹線であるのに在来線をも走る、新在直通運転区間である秋田・山形新幹線の検測も同一編成で行うこととなったため、車両には秋田新幹線「こまち」や、山形新幹線「つばさ」のE3系車両をベースに造られた。

 電車の車内は、計測や検査に関わる機器がならんでおり、車内は電車という雰囲気が全く感じられない。

 さて、池谷君たちはその後、どうなったかは知る由もないが、うまく秋田方面の検測日だったならもしかしてうまく秋田に到達したかもしれません。風の噂では、彼女はその日以降池谷君とは会わなくなったそうです。